「くらしの窓」連載【日本民家園を行く】
【日本民家園を行く】>第21回・旧伊藤家住宅(4)
日本民家園誕生のきっかけとなった国の重要文化財、旧伊藤家住宅は約300年前の建築で幅16・4メートル、奥行き9・1メートルの平面積143・5平方メートル。学問的にも貴重な建物だ。
神奈川県全域と東京の古い民家に見られる建築様式に「四方下屋造り」(シホウゲヤヅクリ)がある。家の外周部の柱が中心部の柱よりも低くなっており、その分屋根の軒先が低くなる。これをゲヤという。家の四方すべてがそのようになっているからシホウゲヤヅクリ。この言葉は伊藤家の持ち主だった伊藤酉造さんの父、雄蔵さんが調査に訪れた関口欣也さんや大岡實博士に教え、そのまま学術用語になったものだ。「時代が下ると、家の正面のゲヤなどは採光のためになくなり、軒も高くなるのですが、旧伊藤家では古い様式が保たれています」と同園職員の安田徹也さん。
入口の横木の上に大きなマグロの尾が戦国武将の兜のように飾ってある。『日本民家園物語』によると、水の生き物である魚の一部を飾ることで火難を避けるという魔除けの意味があるらしい。中に入ると、土間、広間があり、その奥に座敷があるというごく普通の造り。広間が板ではなく竹すのこで作られているのもこの地方の古民家では珍しくなく、同園でも旧北村家が同じように復元されている。
旧伊藤家では、土間の部分にいろいろと興味深い点がある。例えば柱の間隔が短く、横木も何段も組まれていて非常に頑丈に作られている。同じ川崎の古民家でも、旧伊藤家より数十年ほど古いとされる旧清宮家ではこのような造りにはなっておらず、旧伊藤家の特徴の一つになっている。旧伊藤家の建築年代ははっきりとわかってはいないが、旧清宮家が出来た後、旧伊藤家が建てられる直前に、元禄の大地震(1703年)があった可能性がある。あくまでひとつの仮説にすぎないが、地震を教訓にして家を丈夫に造ったのではないか、という説があるそうだ。
土間と広間の間に板壁があるのは古い民家の様式だという。旧清宮家にも同じように土間と広間の間に板壁があるが、旧伊藤家の方がより開放的になっていて、その分新しい様式を示している。
「伊藤家そのものとはちょっと関係ないのですが、土間の地面を見てください」と安田さん。丸石をきれいに敷き詰めたようにでこぼこしているが、「実はこれは、もともと移築した際に平らな土間を作ったのですが、40年間多くの人が踏みしめているうちに自然とこのようになったのです」。民家園では一切手を加えていないそうで、確かに隅の方やかまどの周りなど、あまり人が近寄らない場所はこうしたでこぼこは少ない。どうしてこのようになるのかはよく分からないというが、旧伊藤家以外の家でもこのような土間のでこぼこは確認出来る。だが、同園で一番最初に移築された旧伊藤家が、やはり一番よく分かる。「最近、同園では旧佐々木家の大規模な修復を行いました。土間もきれいに平らに作りましたが、何十年もすると同じようにでこぼこに変形していくのだと思います」(安田さん)。
(「くらしの窓」2010年1月1日号掲載)
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