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「くらしの窓」連載【日本民家園を行く】

【日本民家園を行く】第20回・旧伊藤家住宅(3)

立正大学教授を経て川崎市教育委員会嘱託となり、古民家を集めた野外博物館を作りたいという夢を温めていた古江亮仁さんが麻生区金程の伊藤家を初めて訪れたのは、1964年2月19日のことだった。最初に旧伊藤家住宅を研究対象とした関口欣也さんの訪問から9年が経っており、すでに伊藤さん一家は旧住宅の隣に新しい家を建てて移り住んでいた。
古江さんは伊藤さんの話を聞いて驚いた。旧住宅は不要になったため、関口さんの師である大岡實博士らの手によって横浜市の三渓園に移築する予定になっているというのだ。川崎市も教育委員会も地元の人々も知らないうちに話が進んでいた、古江さんにとっては寝耳に水の出来事だった。
古江さんは川崎の文化行政に携わってきた者として、川崎が「文化不毛の地」と世間から思われていることに常々不満を感じていた。例えばこんなことがあった。戦時中の1942年、現幸区にあった白山古墳そばから平安時代のつぼが発見された。このつぼは「秋草文壺」と呼ばれ現在では国宝に指定されているが、発見した土地所有者から慶応大学に寄贈され、さらに官報の国宝指定の告示には「横浜市港北区出土」と書かれてしまった(古江さんが訂正願いを提出して後に訂正)。また高津区生まれの人間国宝、濱田庄司も一時は東京出身と紹介されていた。こういうことが積み重なって「文化不毛の地」とレッテルが貼られてきたのだ。ここでまた旧伊藤家住宅を市外に流出させる訳にはいかなかった。
古江さんは市議会議員や当時の金刺不二太郎市長、そしてもちろん大岡博士などに働きかけた。当初大岡博士は「川崎市はそういう高度の文化施設とは全く無縁の所」と考えていたため難色を示していた。だが古江さんの説得により、旧伊藤家住宅だけを移築するのではなく、同様の古民家を数棟集めて博物館のような形にするのなら、と態度を軟化させる。それは、もともとそのような構想を持っていた古江さんにとっては渡りに船の提案だった。
旧伊藤家住宅が国重要文化財に指定されたのは1964年5月29日。同年6月9日、伊藤さんから川崎市へ寄贈文書が提出された。古江さんが初めて伊藤さん宅を訪れてから、わずか3カ月半の出来事だった。
古江さんの構想は一つの副産物をもたらした。国の文化財保護委員会(現文化庁)がこれを高く評価し、1966年から全国各県に史跡公園を作らせる事業を開始したのだ。現在国内16カ所ある「風土記の丘」である。「当時の詳しいことは分からないが、当初の構想の中には『地域の古民家を移築して展示施設として使う』というものがあった。このあたりが日本民家園を参考にした部分なのかも知れない」(同庁記念物課)。古江さんは「このように全国各地に作られる文化施設が、(中略、同園を)モデルにしているということは愉快なことであった。川崎市の文化後進性が長い間やかましくいわれていたので、いささか溜飲の下がる思いであった」(『日本民家園物語』)と感想を記している。
こうして旧伊藤家住宅は、そして日本民家園は、川崎の誇る文化的財産となった。

(「くらしの窓」2009年10月11日号掲載)

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