「メディ・あさお」掲載記事

【あさおライブラリ13】豊かな自然とともにあった江戸で評判の「黒川炭」

「黒川炭は江戸中期から生産が続けられ、東京などへ出荷されて品質の良さが人気を呼び、(中略)農家の副業として戦後の昭和三十年代まで盛んに行われた。(中略)黒川にも開発の波は押し寄せ、最後までかまを守ってきた市川さんも、ことしを最後にやめることにした」〈「くらしの窓」621号 1985(昭和60)年5月5日発行より〉

良質の炭になるクヌギやナラなどの木々、そしてかまを作るのに最適な土壌に恵まれた黒川の地。最盛期には15軒ほどが炭焼きを行い、炭は養蚕などにも活用されました。しかし1960年代のエネルギー革命により急速に衰退。過酷な作業も一因で、特に、狭いかまの中に小さな入口からもぐり込み、炭を搬出する工程は熱さのため1分と持たない辛さでした。それでもこの日まで続けた思いを、記事に登場した市川祐(たすく)さんは「子が孫が曾孫が爺の焼き置きし炭と使はむ納屋に積みこむ」という句に遺しています。
当時のかまは現存しませんが、近所にお住まいの市川荘二さんは、十数年前に黒川青少年野外活動センターで開かれた炭焼き講座をきっかけに、ドラム缶製のかまを庭に設置。自家用に炭を焼き、掘りごたつなどに愛用しています。「黒川は農業振興地域に指定されているため、豊かな自然が昔のまま残っています。自宅の周りに炭焼きに適した木が豊富にあるのに、そのままではもったいないと思って始めました」。
定期的な伐採は里山保全にも適しています。黒川同様、かつて炭を出荷していた早野では、早野聖地公園里山ボランティアによる間伐材の炭焼きが冬の間毎週行われ、炭は「あさお古風七草粥の会」でも使われています。一昨年には明治大学黒川農場で、竹林を資源化し健全な森に再生しようと「竹炭シンポジウム」が開かれました。麻生の地と炭とのつながりは形を変え、今も続いているのです。

(2018年4月25日号掲載)



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