「メディ・あさお」掲載記事

【あさおライブラリ7】都市化とともに直線化した「暴れ川」の麻生川

「河川改修工事を中心とした柿生土地改良事業の話し合いが(中略)行われた。(中略)二十二号台風で麻生川が氾濫した当時から一部地元有志間で考えられていたもの」〈「くらしの窓」78号/1961(昭和57)年10月1日発行〉

文中の台風とは、1958年9月27日に一帯で戦後最大の被害をもたらした狩野川台風を指します。「世田谷町田線と小田急線の間が水没したことを覚えています」と片平在住の長瀬和徳さん。当時の麻生川は図のように蛇行し、大雨の度に氾濫していました。
「くらしの窓」ではこれ以降、1967〜71年にかけて川を直線化しコンクリート護岸を設置する動きを報道。叔父の長瀬博さんは「直線化は台風より時代の変化の影響が大きいと思います。周辺の水田が住宅地に転用しやすい畑に変わるなどして、川の用途も変わりました。終戦頃までカワウソが棲息していたなんて今では誰も信じません」と話していました。豊かな自然と引き換えの直線化でも、氾濫の危険が消えたわけではありません。浸水区域や深さなどを示した「洪水ハザードマップ」麻生区版の改定作業が来年3月末を目処に進められています。
(2017年8月25日号掲載)

【「くらしの窓」とは】
新聞販売店・赤本新聞舗(現・あかもと本舗)創業者の赤本良造が、1955年に購読者サービスの新聞折込として創刊。高度経済成長期の地域の変貌ぶりなど、全国版の新聞では紹介しきれない情報を読者に伝え、地域情報紙のさきがけとなりました。その後、関連会社のくらしの窓新聞社(現・メディスタくらしの窓新聞社)に引き継がれ、2011年まで56年間、1397号を発行。本紙「メディ・あさお」は「くらしの窓 麻生区版」として2001年10月に創刊されました。現在の社長・赤本昌応は三代目にあたります。



お問い合わせ

弊社へのお問い合わせなどございましたら、こちらからお送りください